いつでもほほえみを

5D’s  ジャック×遊星

なんてことないSS

いろんなことが​捏造まみれです

 ジャックの仕事は不定期である。
 子供にデュエルを教えるイベント交流会に呼ばれたりだの、はたまた女性誌で写真を撮らせてくれだの、仕事の内容は多岐にわたるものの、おおよそそういうものであった。
 言い方を変えれば、そう言うことしかできなかったとも言える。
 なにも遊星とまでは言わずとも軽いプログラム程度なら組めるが、長時間キーボードを叩けるような人間でもなければ、クロウのように愛想もなく、営業スマイルを浮かべながらの接客業など到底できない男である。
 そんな男だが、意外なことにサテライトにいた頃は職に困ったことなど一度もなかった。
 喧嘩とデュエルが強ければそれなりに価値があったような世界で、ジャックは物騒な、便宜上用心棒だのを請け負いながら日銭を稼ぎ、鬼柳の一件のあとは暫くもぬけの殻となって働くことすら出来なくなった遊星を養っていた時期もある。
 それが、明確な秩序があるシティにおいては通用するはずもなく。
 あの頃のジャックの荒れくれようと言ったら、もはや無頼漢と言っても差し支えのない有様で、やや丸くなった昨今でもどうしようもなく喧嘩っ早い部分は残っていた。
 そんな、真っ当な社会人経験など元より積んで来なかったジャックは、最初の内は職に有り付くことすら困難であったものの、今はなんとか周りの力添えもあって、不定期ながらも仕事らしいことはできていた。
 ジャックには、その見かけから感じられる気品からは随分懸け離れた、野蛮な素顔が薄皮一枚を挟んで今も存在している。
 世間《シティ》で言う普通など、普通に育っていないジャックには今もあまり分からない。
 育ての親がマーサでなければ、出会ったのが遊星やクロウでなければ、今ごろ生きているか死んでいるかすら己でも分からなかった。少なくとも、まともな死に方はしていないだろうなあと自嘲すらしている。
 少し前まで塞ぎ込んだ遊星を汚い金でなんとか食わせ、チップの代わりに客から貰った煙草を吸いながら、星すら見えないサテライトの夜空を見上げていたのだ。それを急に普通に働け言われても、ジャックには難し話である。
 ならば、あのサテライトでの日々が不幸だったかと聞かれれば、存外ジャックにとってはそうでもない。
 しかし、幸せでもなかった。
 煙草と似ていた。粗悪なそれは、美味くも不味くもない。ただ、口寂しいから咥えている。
 死んでいないから、生きている。
 苦も楽もない、ただただそこにあるだけの日々。けれど手を伸ばせば遊星がいて、たとえ心が壊れかけていても触れれば暖かかった。
 それでも、ジャックはその全てを、遊星すらを捨ててサテライトを飛び立つことをあのとき、選んだのだ。
「タバコ、そう言えばやめたんだな」
 遊星は修理品をカチャカチャと弄くりながら、今日はいわゆる、仕事にありつけずやることもないため、暇つぶしに遊星の観察をしているジャックに問う。
「今さらか? 再会してから吸ってなかっただろう」
「いや、前から思ってたんだが。シティでは喫煙者自体が少ないから、ジャックもやめたんだな程度で気にしなかった」 
 遊星が外したネジを妙に綺麗に並べながら、ジャックが不貞腐れたように口を開いた。
「喫煙などキングに相応しくないからと、ゴドウィンが。まったく小姑のようなやつだった。あれもするな、これもするなと」
「それで、せっかく入れた体のタトゥーまで消されたんだったか」
「ええい喧しいわ」
 ジャックが妙に遊星には厳しかったため入れさせてもらえなかったが、サテライトの若者がタトゥーを体の一部に入れているのはさほど珍しくもない。クロウや鬼柳にも、ワンポイント程度のものは入っていたような気がする。
 ジャックは、耳の裏側と腰に。中でも背中から腰にかけて彫られてあった、鷹のタトゥーが遊星は好きだった。
 ファッションとしての意味合いが大きかったが、危険な仕事など請け負っていた者の中には身内に対して遺体の身元がわかるようにと入れていた側面もあり、ジャックがどちらの意味でそれを入れていたのかは、遊星も詳しくは知らない。
 そんな彼のタトゥーも、今となってはシティの最先端技術を用いて消されてしまい、跡形もないのだったが。
「お前はオレには吸わせてくれなかったよな。タトゥーも入れさせてくれなかった」
「あんなもの吸わんでいい。タトゥーもお前には必要なかった」
「誰かさんが仕掛けたデュエルで顔に大きなマーカーはついたが?」
「ぐぬ……っ」
「冗談だ」
 ジャックが何か言いたげに口を開けたり閉じたりしてるのを横目で見守りつつ、故障の原因であろう破損した配線の取り換えを遊星は黙々と行う。
 静かな午後だ。夕方にもなれば、双子達やアキが顔を覗かせるため、賑やかになるのだが。
 たまにジャックとこうして二人きりになると、サテライトでの共同生活を思い出す。あの頃はここまで会話らしい会話もなかったものの、朝方帰ってきたジャックがタバコを吸いながら起きてきて、ようやく修理の仕事といったことをできるようになり始めた遊星を、向かい側に座って静かに見守っていた。
 お前は吸わなくていいと遊星に言いながら、手狭なスペースでタバコを吸うものだから、煙たくて仕方がなかった。
 だが嫌いではなかったのだ。
 あの匂いも、そして
「好きだったんだがな」
「なにがだ」
「お前がタバコ吸ってた頃の苦くて不味いキス」
 ジャックは並べようとしていたネジを一つ落とした。
「おいおい、ちゃんと拾っててくれ」
 落としたネジを摘んで拾いながら、コイツにはこういうところがある、などとジャックは遠いところを見つめる。
「お前が出ていったあと、残った手巻きタバコを何本か吸ってたんだがな。お前の味にはならなかった」
 遊星がなんでもないように、語る。
 寂しかったとは言わない。実際、寂しさを感じるような余裕も当時の遊星にはなかったのだ。抱えていたのは焦燥感と、喉が焼き切れるようなもどかしさ。
 それが形となったのが、あの赤いDホイールであった。
 もしも話はサテライトでは嫌われる。もしもなんてない、今しかないのだと彼らは言う。けれど、もし、もしも。
 シグナーとしての資格がジャックよりも先に遊星に現れていたとして、ゴドウィンたちにシティに招かれたのが遊星だったとしても、きっと遊星は頷かなかっただろう。
 当然、それで「はいそうですか」と引き下がるような者たちでもなかっただろうが、あのとき選ばれたのがジャックであったから。ジャックが自らの足でサテライトを飛び出し、白銀の龍を攫ったからこそ。
 遊星はいま、自らの意思でここにいるのだと感じる。
「……いま吸ってみれば、また感じる味も違うのかもしれないが」
 ジャックが、拾ったネジを遊星に手渡した。
「ああ、ありがとう」
 その瞬間、ジャックが遊星の手をとると、やや荒っぽく唇を重ねる。
 それはどこか、コーヒーの味がするのであった。
 ──禁煙の際に、口寂しそうなジャックのために深影がコーヒーを煎れてくれた。
 美味いとジャックが言えば、出会ったばかりの頃、ずっと緊張した様子であった深影の強張りが一瞬解けて、初めてジャックに彼女が笑ったのだ。それは私もお気に入りの豆なんです、と。
 それから、キングではなくなった今も、ジャックはコーヒーを好んで飲んでいる。
 あの頃感じていた口寂しさは、もうない。
「今の俺では不服であるように聞こえるぞ」
 それが、今のジャックなのだった。
「……相変わらず複雑な思考回路をしているな、ジャックは」
「ああ、貴様もな」
 数秒目があって、可笑しくて二人して静かに笑い合う。
「ところで、なにを修理しているんだそれは。プロジェクターか?」
「正解だ」
 ジャックから受け取った最後のネジを締めると、遊星はプロジェクターと自身のコンピュータと同期させ、試しに電源を入れる。
 するとフォルダが散乱した、相変わらず散らかった遊星のデスクトップがガレージの壁に映し出された。
「おお。案外綺麗に映るものだな」
「そうだな。今度、ジャンク品でももらってこようか。そしたら映画も見れるぞ」
「ほう」
 嬉しそうな声。ジャックは、映画が好きだ。
 子供の頃にはジャックに付き合う形で、よく二人でストリップ劇場の隣にある、サテライトで唯一のミニシアターへ足を運んでいたものだ。
 しかしながら、幼い二人に映画を見る金はない。
 ではどうしていたかと言うと、音漏れのするシアターの通気口下に座り込んで音声だけを聞いて楽しむと言った、しみったれた行為が数少ない子供時代の楽しみであったのである。
 そんなことをしていると、ある日ストリップ劇場から出てきたダンサーの若い女性に「僕たちいつも何してるの」と心配そうに声をかけられた。
 金がないから、音を聞いて楽しんでるのだと話すと真っ赤な唇の彼女は笑って、「ちょっと待ってて」と言い残し、ミニシアターへと入って行った。
 まさか、無断で音だけ楽しんでいたのを告げ口されたのではと焦るジャックと遊星であったが、しばらくしてミニシアターのオーナーとダンサーの女性が出て来ると、やや顔を青くしていた少年二人にこう話した。
 『劇場の掃除を手伝ってくれるなら、映画を無料で観てもいい』と。
 オーナーと親しかった彼女は、わざわざ交渉をしてくれたのである。
 遊星はジャックの方を見た。すると紫の瞳がキラキラ光って「ほんとうか」と何度も尋ねる嬉しそうなジャックを見て遊星も嬉しくなり、二人で掃除をしては、しょっちゅう並んで映画を観たのだ。
 当然、シティで放映されているような最新の映画は観られなかった。観られるのは少し古い映画ばかりで観客もまばらだったが、まだ幼い二人には全てが目新しい作品ばかりだったのである。
 オーナーが亡くなり、ミニシアターがなくなるまで二人で通ったあの場所の跡地は、今はもう開発地になって消えてしまったけれど。
「ジャックは何が観たい?」
 納品書にサインを書く遊星のそばで、ジャックは太い腕を組んで少し悩んでから、口を開く。
 遊星はジャックのリクエストを聞き届け、「言うと思った」と、予想通りの作品名に笑うのだった。
 時間が、過ぎる。今度、みんなを集めてそれぞれの好きな作品を持ち寄り、鑑賞会でもしようかと話し合いながら。

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